人生万事塞翁が馬

ほっとメッセージ『人生万事塞翁が馬』株式会社プロ・アクティブ 代表 山口哲史(ニックネーム/ガッツ)
  “そこじゃない”。運命の神様が縁結びを避けてくださったのかも。

こんにちは。お元気でいらっしゃいますか?

脂がのった魚、香りの良い松茸のお吸い物など、秋の味覚は私達日本人の心を和ませ、豊かにしてくれますね。

この日本料理は今や世界文化遺産ともなり、世界中の人々を魅了しています。

四季折々の旬な野菜、魚、穀物、山菜など、大自然の“生命”の輝き、色艶、味覚、風味を活かし、見た目にも美しく、丁寧に丹精込めた調理は、まさに“道”そのもの。

さらにその原点をたとれば、天皇や公家に食していただくための宮中料理や、仏教の教えに従って、生きものの生命を大切にする調理そのものが修業となる精進料理に行きつきます。

そして、これらの日本料理のルーツになる日本食文化の“発酵元”になっていたのが、日本の歴史、文化の源流ともいえる“京都”になります。

「今さらながら、京都ってやはり凄い街なんだなぁ〜」とあらためて勉強させられたのは、私の娘のあるひと言からでした。

「お父さん、京都の歴史や文化を分かりやすく教えてくれない?私、歴史が苦手だから・・・」真顔でお願いされた私は、あまり自信がなかったものの、娘の熱心さに「わかった、やってみよか」と言ってしまいました

何ゆえ、娘が京都のことを急に知りたがるようになったのか・・・。

実は、大学4年の彼女は、来春から、京都にある建築系の出版社に就職することになりました。

今年の春から夏にかけての彼女の就活にまつわるエピソードは、親が見ていても、「よく頑張ったのに何で・・・」という理不尽な結果の連続でした。

それなりの会社の最終面接までいきながら、「えっ?」という通知は、彼女の自信や誇りや夢を根底から打ち砕くものでした。

それは、人生で初めて味わう大きな大きな挫折だったと思います。親にはその一部始終まで言いませんが、かなりいろいろと辛かったと思います。

ただ、今だから言えることですが、彼女の思いの中に、「大商いより小商い」「自分が生で現場で携わったり、経験した情報や物、人などを、まだ知らない人に伝える仕事がしたい」「書く、話す、人と関わる本質的な仕事ができれば嬉しい」「ちょっとだけ英語が話せるので、それが生かせたらいいかも・・・」「人と人とのつながりやコミュニティーをつくり、人の触れ合いが感じられる仕事なら楽しいと思う」といった仕事の理想観、価値基準があったことから考えると、“そこじゃない”と運命の神様が最初にアタックし続けた会社との縁結びを避けてくださったのかもしれません。

結局彼女は、何となく目にとまった前述の京都の会社に、半ば京都旅行のつもりで受けに行ったら、トントン拍子で話が決まったのでした。

そして、家に帰ってくるやいなやの「私、京都に行くわぁ・・・」のひと言で、紆余曲折のあった就活旅が終わりました。

結局すべてはご縁であり、流れであり、必要な時に、必要なタイミングで、落ちがつくところに落ちついていく…。

それは、ある意味あっけない幕切れでしたが、彼女がその京都の会社で働く人や社長、やっている仕事の中身を楽しそうにうなずきながら話しているのを見て、“人生万事塞翁が馬”ということをあらためて感じました。

結局すべては、ご縁であり、流れであり、必要な時に必要なタイミングで落ちがつくとこに落ち着いていく・・・。


でもまさか娘が京都へ就職しに行くなんて・・・。
「普通、逆ちゃうん・・・?」と彼女に言うと、「東京に居たら時間と人と情報の洪水に流されて、自分を見失ったり、お金のために働くようになったり、自惚れやすい自分が、もっと自惚れ屋さんになるかもしれないから、この逆が丁度いいと思うの・・・。友達からも、アンタらしいわぁ、と言われるし・・・」。

なるほど、彼女なりによく自分のことを考えているし、「時代も変わってきたのかなぁ」とつくづく思います。

31年前の私自身の就活といえば、部活のアメフトの目先の試合、日々の練習に明け暮れ、よく考えもせずに、先輩のコネでサッサッと決めてしまったものでした。働き出してから自分のことや仕事のことを考えさせられ、その場その場で自分と仕事に折り合いをつけつつ、行く先々で先輩やまわりの方々に仕事を教わり、それこそ必死のパッチで働きながら、ようやく自分の適性や才能、得意などに目覚めていったような時代だったと思います。

その間、バブルもあったりと、何となく世間に余裕があって、あまり考えなくても、行き当たりばったりでも就職できた時代だったのかもしれません。

それを考えると、今の子はまじめで、本当によく考えているとつくづく感心します。

娘という天からの授かりものが、私の人生に与えてくれたかけがえのないギフト。

振り返れば、娘が生まれて、小さい時にアトピーになったことで、20年近く前から自然食品のことを学ばざるを得なくなり、そのことが今日の仕事に大きく貢献しています。

また、彼女が小学校の時にいじめにあったりしたことで、家族や夫婦の本音のコミュニケーションや深い関わりを勉強させられたり、彼女が小6〜中3まで福井県にある体験学習を主としたユニークな学校に国内留学?したことで、彼女の自立心のみならず、私達夫婦の絆と自立心が芽生えました。

と同時に、自主性を重んじ、分け隔てしないその学校の先進的な教育法から、自分の会社の教育や経営のあり方を見直し、一部その良さを取り入れて改善することもできました。

それに、彼女が多感な時期に居ない寂しさを二匹のチワワが埋めてくれ、すっかり家族の一員となり、それがきっかけとなって、今大ヒットしている私達の会社のオリジナル商品『ドッグスタンス 鹿肉』というユニークなドッグフードも誕生することにもなりました。

これらすべてが、娘という天からの授かりものが私の人生に与えてくれたかけがいのないギフトですし、私達夫婦や両親にとっても比類なき恩恵、宝物であることも言うまでもありません。

彼女が京都に行くことで、また勉強し直している京都の伝統と歴史のことも、とてもいい刺激であり、新たなギフトになっていることは間違いありません。

人生何が幸いし、今やっていることがどういう意味を持つかは本当に分かりませんが、“人生万事塞翁が馬”。きっといいように成る・・・。

そんなことを、一人娘の誕生から今日に至るまで学ばせていただいています。

娘よ、生まれてきてくれて、ありがとう!

 
     
 

 
     




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ガッツプロフィール
山口哲史(ガッツ) 本名:山口哲史 ニックネーム:ガッツ
兵庫県伊丹市出身。関西学院大学商学部卒

リクルートをはじめとする7年間の大企業経験の後、
1991年(株)ファイルド・アクティブ(現プロ・アクティブ)を起業。

起業後16年は、主に、健康・美容・スポーツ分野でユニークな商品開発と根強いファンに支持され続けているファイテン社(チタンテープ、ラクワネックなどの製造、販売元)の中心的販社のリーダーとして、そのブランド認知、拡販に貢献。

その後、平成16年より、抜本的な事業や商品の転換により、現在の『自然とつながり 自然に生きる』というコンセプトの元、自然の温もりや生命が感じられる有機的な商品群を、独創的かつ良心的な開発者などとの出会いの中で、啓蒙、拡販に努め、現在に至る。

社内・社外を問わず、「ガッツ」のニックネームで親しまれ、そのユニークな人柄と独特の感性が、たくさんの魅力的な人や商品・情報を 引きつけ、それを紹介したり、教えたり、つないだりするのが最大の魅力?肩肘張らない性格と中途半端な大阪弁で、妻と娘と2匹のチワワをこよなく愛す、魚座・B型の快男児。